歴代興行収入ランキング上位も射程に入った“鬼”のようなメガヒット
先週末、公開から3日間で興行収入46億円を超えるヒットを切った『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。土日2日間でも33億円を超えている。この記録がいかにすごいか、近年の大ヒット作品の公開週末土日2日間の興行収入と比較するとそれは明らかだ。
ここから最終興行収入がどこまで伸びるのかは、様々な要因によって変わる。過去のヒット作と比べても「規格外」のヒットなのでなおさら分からない。しかし、歴代興行収入ランキングの上位に十分食い込むのは間違いない。仮に公開週末土日2日間から最終までの倍率が上記作品中の最小値4.5倍(『ワンピース フィルム ゴールド』)だとしても、150億円であり、もし平均値7.6倍となれば、254.6億円となる。熱いファンが存在する作品は前かぶり(公開当初に動員が集中しその後伸びない)になりやすいが、各種メディアで大きく取り上げられ広く話題になっていることや、例年と比べて大作の同時期公開も少ないことから数字が伸びやすいと考えられ、堅調な伸びが期待される。
歴代興行収入ランキング
1 千と千尋の神隠し 2001年公開 308.0億円
2 タイタニック 1997年公開 262.0億円
3 アナと雪の女王 2014年公開 255.0億円
4 君の名は。 2016年公開 250.3億円
5 ハリー・ポッターと賢者の石 2001年公開 203.0億円
「鬼滅商圏」の創造と「ステイホーム」の後押し
加速度的に高まっていた話題度
「鬼滅の刃」はアニメ放送開始から話題度が加速度的に上がっていった。累計発行部数が1億部を超えたこと、多種多様なコラボレーションキャンペーン展開、劇場公開前に放送された10月10日のアニメ総集編の視聴率が16.7%を記録したことなど、その勢いを示すことは枚挙にいとまがない。
【永久保存版!?】「鬼滅の刃」がどのように人気になっていったのか?宣伝施策まとめ
ファン層を温め続けた動画配信サービス
このコロナ禍で各種消費行動の自粛が求められ、多くの人の在宅時間、オンラインでのエンタテイメント消費時間が増える中、動画配信サービス利用時間も上昇。定額制動画配信サービスの中でも特にAmazon プライムビデオやNetflixの利用者が急激に増加していた。
新型コロナウイルスGEM Standard特設ページ SVODサービス利用率の推移
そんな中、以下のとおり6月に実施したアンケートの結果を見ると、ほぼすべての有料動画配信プラットフォームで提供されていた「鬼滅の刃」は、提供されている映画・ドラマの中で圧倒的な支持を集めていた。
映画興行と動画配信サービスの関係について、その対立構造や市場の食い合いが語られることは多い。しかし、「鬼滅の刃」については当てはまらない。むしろ映画館が営業を自粛し、営業再開後も新作の数が限られている間、動画配信サービスは、この秋に映画館に来場するファンを温め続けるプラットフォームであったのだ。
コロナ禍から復調傾向にあった映画興行、安全対策とPRで万全の迎え入れ
夏から全規模公開の新作が公開、客足戻りつつあった
一方、新型コロナウイルス感染拡大と各種事業者や消費者の自粛により、春から前年比90%以上減少まで落ち込んでいた映画館への動員数が顕著に復調してきたのは7月下旬以降である。その傾向は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公開直前まで続いていた。
映画興行の復興は政府による施策、社会経済の状況、人々の意識の変化もあるが、映画配給会社、映画館による各種施策があってこそ。
どうしたら映画館に人は来るのか? 第一にそれは観たい作品があればだ。しかし、作品提供者はその作品のヒットが最優先。コロナ禍で公開するには勇気がいる。
人々の映画館への自粛意識が少し緩んだ夏ごろ、『今日から俺は!!劇場版』『コンフィデンスマンJP プリンセス編』が公開され、最終興行収入40~50億の大ヒット。8月には『事故物件 恐い間取り』がスマッシュヒットし、9月に入って、初の洋画大規模公開映画『TENET テネット』も20億円を超えるヒットを記録している。
感染予防対策PRと実施の徹底
そもそもこれらの作品提供と実際の来場を促すうえで極めて大事だったのは、映画館による各種施策である。それは営業再開のPR、そして何よりも安全施策のPRと徹底した実施である。
例えば、映画館が危ないと感じられる理由として「座席間の距離が近い」「不特定多数の人が集まる」という回答を抑えて最も高い割合であげられたのは、「換気が悪そう」であった。しかし、映画館は興行場法に基づく厳しい義務を課されて運営されており、これは正しい認識ではなかった。換気に関する誤解を解きつつ実施した各種安全対策のPRは、人々の認識の変化を大きく後押しした。
下記のグラフにある通り、実に8割の人が「安心できた」(「非常に安心できた」「やや安心できた」)と答えている。
また施策の徹底によって来場者も安心して映画を楽しむことができ、このことがまた次回の来場、新たな来場者の背中を押したのである。もちろん作品を提供する配給会社の背中も押した。
興収の額を超えた意味合い 世界、未来に向けて
映画参加者人口の減少に歯止め、そして拡大
今回の爆発的な動員が意味することは、縮小した映画鑑賞者人口の拡大である。
映画館に行く、ということは習慣性のある行動である。一度足が遠のくと行かなくなるし、行ったことのない人にとっては「家でも見られるのに」と感じられ価値が想像しづらい。コロナ禍ですっかり行かなくなってしまった人も多いだろう。今年映画館デビューをするはずだった子供もいたはずだ。「過去1年間に映画館で映画を観た人」を映画参加者人口と呼ぶ。年によって変動するがおおむね3000万人とみられている。一般の人に向けたアンケートをみると、全回答者に占めるこの「映画参加率」が実はじわじわ減少しており、映画参加者人口も縮小していたと考えられる。
しかし、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の興行収入100億円超えは確実。動員にして1000万人を優に超す動員が見込まれる。作品の浸透度調査をみると、15歳以上から30代までの男女、そして子供と映画館に行く「親子層」で意欲度が高いことが確認できる。若い人、子連れのファミリー層の「映画館でのよい思い出」が映画参加者人口の礎である。
世界映画産業に向けてもビッグニュース
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットと日本興行市場の復興は、世界興行市場に向けても明るいニュースである。
世界を見渡すと地域によっては映画興行市場はまだまだ苦境のさなかにある。特に世界の映画工場ハリウッドを要するアメリカの落ち込みが厳しく、ハリウッドスタジオによる映画作品の延期や公開取りやめが相次いでいる。ハリウッド映画のシェアが高い国は必然的に映画館で上映する作品がない状態となる。
そんな中で日本の状況は希望となるのではないか。動画配信で映像コンテンツファン層の熱を保ち、営業再開となった映画館に待望の作品が公開され、しっかりと安全対策とそのPRを実施して人々を迎えいれること。その素晴らしい成功例である。
日本の映画興行市場も、半分は「洋画映画市場」である。どんなに日本の実写映画やアニメがヒットしていても、ハリウッド映画が公開されないのではいつまでも本当の復興にはならない。劇場版の「鬼滅の刃」の大成功は海外の映画業界関係者にも明るいニュースであり、日本を含めた世界の映画産業の復興に向けた布石の一つとなったと考える。
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